2012/01/18

動画を使った教育の本格的な始まり?


Googleが「YouTube for Schools」「YouTube TEACHERS」というプロジェクトをひと月ほど前に公開しました。・・・ということを今日知ったのですが、個人的に、ものすごく衝撃です。



これ、要は「動画を学校教育に取り入れて、授業の質を上げよう!」という提案なのですが、すごいのが、ただ「素敵な動画がたくさんありますよー」と動画をただまとめただけのでなく
  • 動画を授業で活用することにはどのようなメリットがあるのか
  • 実際動画(YouTubeのプラットフォーム)をどう活用すればいいのか
という話もあれば
  • 「まずはここから始めてみましょう!」
  • 「他の教師たちと協働できる仕組みも用意していますよ!」
という超具体的な話まであるところ。かなり本気な、トータルの提案がなされています。動画を使ったレクチャに関するヒントを無料でこんなにもらえるだけでも、なんだかすごいなぁと。今のところYouTubeはユーザから課金するつもりはないようですが、これならお金払っても全然満足できるレベル。数年以内に「大学行くよりも家でYouTube見てた方が(アカデミックな意味で)勉強になる」というのも、ありえない話でもなさそう。何といいますかもう、「いい時代だなぁ」の一言に尽きます。。。

こういうプロジェクトを見たりすると、教育のあり方は(遅くとも21世紀前半のうちに)人類の歴史上かつてないほどドラスティックな変化を遂げるんだろうな、と素朴にワクワクします。本当に「教育革命」と呼んでも大げさにならないようなことが起こるし、起こせるだろうなと。あぁ楽しみ。

僕が学生だったときも「今の時代は恵まれてるなぁ」と思うことがたくさんありましたが、今は僕が学んだ頃とはまた別の次元で新しい教育が生まれつつあって、また違う次元の豊かさが生まれているようにも思います。

ただ、怖いのが、このままだと英語圏だけがどんどん先に行ってしまって、その他のローカル言語圏(日本語含む)が置いてきぼりを食いそうなこと。去年今年にかけてほんの少し教育の現場を覗かせてもらったところでは、世の中の技術や仕事のあり方、必要なマインドセットがこれだけ大きく変化しているのとは対照的に、従来の教育現場はそこだけ時が止まったかのように、10年前、20年前と変わらない、、ように見受けられました(もちろん、時代にキープアップしている教育現場もあるかとは思いますが)。それに対し、英語圏にはMITに通わずMITに行っただけの知識を身につけようというプロジェクト(笑)をしている面白い人なんかも出てきたりするほど、グイグイ進化しているような感じがします。よその言語圏のことはよくはわからないのですが、この感じだと言語圏によってものすごい差が開いてそうだなぁと思います。ネットワーク外部性、と言うんでしょうか、最初は少しだけしか違わなかった規模の差がどんどん大きくなりそうです。と、あくまでも感覚ですが。

ちなみに、こちらが上述の「MITを独学で」と言っている人の動画です。



・・・ということでまたとりとめのない感じになってしまいましたが(泣)、ともあれ。ジョン・マエダさんが言ったように新しい技術は常にenablerでもありdisablerでもあるので、教育×ITにおいても、大事なのは新しい技術と従来のものをうまく組み合わせて教育がもたらすべき価値を最大化すること、かなと思います。その意味でいっても、動画とウェブというツールはものすごい大きなうねりを生みそうな、怖いツールだなぁという感じがします。

2012/01/08

目標設定をせずにこの1年を最高のものにする方法


あけましておめでとうございます。今年もどうぞ、よろしくお願いします。

僕がよく読む zen habits に、年始めにうってつけな記事があがっていました。タイトルは「目標設定をせずにこの1年を最高のものにする方法(How to Have the Best Year of Your Life (without Setting a Single Goal))」

1年の計画を考える上でとても参考になりそうだったので、そのエッセンスをざっくり訳してみます(ものすごく意訳です)。

まだ2012年のテーマを決めていないという方は、ぜひ参考にしてみてください。

目標設定をせずにこの1年を最高のものにする方法
  • この新しい年は目標設定(goal setting)をやめてみませんか?
  • 抱負なんて絵空事だし、目標なんて時間の浪費
  • 計画が役に立つほど、人生は整然と整ったものではない
  • たとえば、友情、恋、仕事といった人生で最も大切なものは計画からもたらされるのではない
  • ちまたにあふれる生産的なシステムの多くは目標設定に重きを置いており、「痛みに耐えた末に勝利を勝ち取る」という考え方である
  • しかし、結果に執着せずプロセスを楽しむという別の方法がある
  • それは、自分が楽しめて、かつ、サステイナブルな「良い習慣」を取り入れるという方法
  • これが、健康的でかつ生産性の高い生き方、そして、世界にインパクトを与える生き方をするためのカギである

・・・以上です。元記事ではこれらの話に続いて、「早起き」「人の役に立つ練習をする」といった具体的な習慣の例が挙げられています。

僕はもともと「目標設定しない派」でしたが(しないというより単にできないだけでしたが・・・)、社会人になり「型」を覚えてからはうってかわって「目標設定する派」(しないと気がすまない派笑)になりました。目標を適切に設定し、それに合った適切な戦略さえ組めたら、半自動的に目標が達成されてゆく。それがものすごく快適で、ちょっとした目標ブームにハマりました。

でも、去年の春あたりからでしょうか。今度は、目標設定志向で到達できる限界と目標設定によって失うもの、その大きさも感じるようにもなりました。目標設定でできることとできないこと、得られるものと失うもの、それらを秤にかけたときに、「目標志向ってほんとにいいのかな?」みたいな。。。その後、それから今日までは「目標設定する」と「しない」の間を行ったりきたり。目標と計画をガチガチに組むのを100とすれば、50から70の間のあたり、そのあたりを行き来しながら現在試行錯誤中です。

この試行錯誤の結果行き着く先がどこになるかはわかりませんが、この頃は、目標設定を全くしないのも目標をガチガチに設定するのも、どちらもちょっと違うなぁと感じています。もちろん、目標設定は超強力で、それがものすごく有益なときもあります。将来得られる価値を見越して「投資する」という行為なんかは、目標があってこそできるものです。しかし逆に、たった一度の人生、たったひとつのキャリアという視点では、目標や戦略設定は控えめにしておいた方がいいときもあるのかなぁと。もちろん、最適なポイントというのは、そのときのテーマや自分の現在地、性格や価値観によって変わってくるのでしょうが。

そのあたりの最適点がどこにあるのかを調べるため、今年は目標を設定しないわけでもなく、ガチガチに設定するわけでもなく。デザイン思考でいう build to think を繰り返していければなぁと思います。道の途中で成長し価値観が変わったとしてもその輝きが失せないような目標、あるいは「道」、そういうのを今よりももっと生活に根付かせていきたいなぁ。

このあたりのことについて、老子はこんなことを言っていました。
良い旅人は、決まった計画は持たない。目的地にたどり着くことへの執着もない。
A good traveler has no fixed plans, and is not intent on arriving.
―老子

老子がどんな意図でこれを言ったのか、そして、このアプローチの末に何を見出したのかはわかりません。でも、なんか、何千年も前に、いいこと言っちゃうなぁ。

このあたりのことをブルース・リーなんかは「Be water」と言っています


・・・ということで。とりとめのない感じになってしまいましたが、、、ともあれ、今年は目標設定(戦略アリ)とアドリブ(戦略ナシ)の間を都合よく(笑)行き来しながら、子どものように楽しみ、成長できるよう、力を抜いてがんばりたいと思います(「がんばりません!」かな)。